綾小路 きみまろ(あやのこうじ きみまろ)

「綾小路 きみまろ(あやのこうじ きみまろ)」綾小路きみまろディナーショー・綾小路きみまろバスツアー・チケット付きバスツアー・綾小路きみまろライブチケット・きみまろスケジュール

綾小路きみまろマニア

綾小路きみまろチケット2014・綾小路きみまろ公演予定・爆笑スーパーライブ情報・漫談きみまろ情報・綾小路きみまろライブスケジュール・モニター・DVD・CD・カセット

チケットぴあ きみまろページ イープラスチケット きみまろページ ローソンチケット きみまろページ 三州プロモーション 鈴木企画 鵜飼興業 エーダッシュチケット 世界芸能株式会社
グッドラックプロモーション
トラベルコちゃん きみまろ検索 2月 トラベルコちゃん きみまろ検索 3月 トラベルコちゃん きみまろ検索 4月 トラベルコちゃん きみまろ検索 5月 じゃらん.net きみまろバスツアー検索 関西出発バスツアー じゃらん.net きみまろバスツアー検索 関東出発バスツアー 名鉄観光 きみまろバスツアー検索 クラブツーリズム きみまろバスツアー検索 読売旅行 きみまろバスツアー検索 読売旅行 コンサート&公演ツアーページ 綾小路きみまろ あ・うん亭 るりびょうたん 航空写真地図 綾小路きみまろ 公式グッズショップ るりびょうたん                                            
メルマガ購読・解除
 
     
2009年11月22日

綾小路 きみまろ(あやのこうじ きみまろ)

幼少時代から司会者を志し、毎日の様にドラマ等のナレーターや、

市場のセリ等の物真似をやっていた。

それに対して両親は「バカじゃないのか?」「お前頭おかしいんじゃないか?」と疑っていた。

父が選挙の応援演説で熱弁を振るっていた影響から、

高校時代、3年間連続弁論大会に出場していた。

高校卒業後は「司会者を目指す為に上京する」と決めていたが、

当時地元のスーパーや工場、郵便局などしか就職先がない中で、

現実的には「司会者になるには大学を出ていないとなれない」という事で、

1年浪人して拓殖大学に進学した。


高校卒業後、上京する際、父からは1万円しか貰えず、

その1万円を持って夜行列車「高千穂」に乗って上京したという。

拓殖大学在学中は、未明の新聞配達と、深夜のキャバレーのバイトを掛け持ちしていた。


ある時、実家に行き来する際に利用している、宮崎空港で見つけた

「きみまろ」というチーズ饅頭を購入したところ、大変気に入り、

自身がゲストとして招かれたテレビ番組や雑誌などでこれを紹介すると、

注文が殺到した。

「きみまろ」は自身がブレイクする以前から、存在していたお菓子である。


ブレイク前、高速道路のサービスエリアで自作のカセットテープを配っていたところ、

サービスエリアの係員に「何をやってるんだお前は!お前勝手に物を売るな!

宗教の勧誘テープでも配ってるんじゃないのか?」と怒られた。

それに対しきみまろは「いや、売ってるんじゃないんです。

タダで(漫談のテープを)配ってるんです
」と弁解していた。

そのテープは妻が徹夜で録音していたものである。

当時、山梨県ではオウム真理教事件で、厳戒態勢が敷かれていたと言う。


『たけしの誰でもピカソ』の出演に際し、売れない時期に同じ舞台で出演していた、

ビートたけしと楽屋で久し振りの対面を果たす。

きみまろさんってあの時のきみまろさん…」とたけしが語りかけ、

お互いに涙を流して抱き合い、その後のネタを収録する時にも感極まり、

途中声が出なかった場面があった。


学生時代は柔道をやっていて、初段。

鹿児島の実家には母親が今でも暮らしている。

きみまろは「母親を東京に連れて来て、一緒に住まわす」と言っているが、

母親は言う事を聞いていないらしい。

その母は挨拶には非常に厳しく、きみまろが帰省したと同時に母からは

挨拶回りに行って来い」と、すぐ挨拶回りを強制する上、「通りすがりの人にも挨拶しろ」と、

教育されていた。

実家はかなりの過疎地にあり、本人曰く

私が故郷に住んでいた頃は3階以上の建物は見た事が無い」との事。


ネタで使っている「父親が痛風、母親が糖尿のハーフ」というフレーズにもある様に、

自身も痛風の持病があり、肉料理を食べられなくなり、旅先等で隠れて肉料理を食べると、

すぐ足先がピリピリと痺れるという。

本人曰く「皮肉な事に私の名が売れる様になってから痛風を患う様になり、

肉料理が食べられなくなった
」そうである。

痛風を患っている為、食事も野菜料理が中心で、本人曰く

精進料理の様な生活を送っている」との事。

痛風だけでなく、高血圧や睡眠時無呼吸症候群も患っており、その他、

高校時代まで夜尿症を患っていた。

高校時代迄続いていた夜尿症については、母親から毎朝蹴られたり、弟とケンカすると

苛められたりしていた他、実家は布団一式を買う事も大変な程貧しかったため、

濡れたままで臭いの漂う真綿の布団に寝かせられていた。


趣味は家庭菜園、骨董品の収集、草むしり、ジョギング。

妻帯者で、子供は3人、兄弟は下に弟が1人居るがいずれも一般人のため、氏名は公表していない。

カツラを使用する様になったきっかけは1998年頃に開かれた中学校の同窓会で、

当時の担任から「君、私より髪の毛が少なくなったね」と言われショックだった事である。

カツラについて「カツラは夏場は蒸れるんです。おしめを被っている様です。」と述べている。

又、客からカツラを取ってみてと言われると非常に機嫌が悪くなる。

本人曰く「カツラを取って見せる位なら被らない。

カツラを取る事はパンツを脱ぐより恥ずかしい
」との事。

又、きみまろは40代前半辺りから薄毛に悩まされており、人から「ツルツル」という言葉を

聞いただけでも機嫌が悪くなる。

哲学は「人間なんておしめで始まっておしめで終わる」である。

又、きみまろはネタの中でもこのフレーズを使っており、

人間なんておしめで始まりおしめで終わる、だからおしめえ(お終い)だ」と締めくくる。


酒は殆ど飲まず、タバコも吸っていないが、タバコは30代の時、数年間吸っていた。

かつてきみまろは、漢字表記で「君麿」と名乗っていた事もあった他、

松山城二」と名乗っていた事もあった。

「松山城二」の由来はきみまろの故郷にある松山城(現在は焼失)にあやかって名付けられていた。

老人ホームでライブをさせて貰った際、きみまろは

老人ホームのお年寄り達は凄いです。何を話しても、何を喋っても全く反応が無い」と

コメントした事がある。

きみまろの自宅近くには「あ・うん亭」と言う鉄板焼きレストランが経営されている。

又、きみまろは「阿吽の呼吸 きみまろ」と言う名の焼酎をプロデュースしており、

この商品は山梨県河口湖町にあるきみまろの関連商品を取り扱っている商店

るりびょうたん」で販売されている。

 

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B6%BE%E5%B0%8F%E8%B7%AF%E3%81%8D%E3%81%BF%E3%81%BE%E3%82%8D#cite_note-1
山下勝利
posted at 20:02
カテゴリー:綾小路きみまろ
エントリー:綾小路 きみまろ(あやのこうじ きみまろ)
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。